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長野地方裁判所諏訪支部 昭和45年(ヨ)4号 決定

申請人 全日本自由労働組合長野県支部下諏訪分会

右代表者執行委員長 勝山幸男

右申請人訴訟代理人弁護士 林百郎

右同 菊地一二

右同 西沢仁志

右同 小笠原稔

右同 松村文夫

被申請人 下諏訪町

右代表者町長 黒田新一郎

主文

一、被申請人は、昭和四四年度下諏訪町一般会計補正予算案(第八号)を、同町議会臨時会(昭和四五年二月一四日開催)に提出するにあたり、申請人との間に、その内容となる失業対策事業政策につき左記の点を考慮して誠実に団体交渉に応じなければならない。

1、申請人に所属する組合員の既得の労働条件を保障すること

2、被申請人は失業対策事業を不当に縮少しないこと

3、右に関連する事項

二、申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、申請の要旨

申請人訴訟代理人は、「被申請人は、昭和四五年度の失業対策事業に対する政策並びに予算案の決定にあたり、被申請人との間に、(1)申請人組合員の既得の労働条件をすべて保障すること、(2)失業対策事業を不当に縮少しないこと等につき、誠実に団体交渉をせよ、申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、その理由として主張するところは、次のとおりである。

一、申請人は失業対策事業に従事する日雇労働者を主体として結成された全国単一の労働組合であって、東京に中央本部が置かれ、各都道府県に支部が設けられ、さらに各市町村ごとに、分会が組織され、申請人がこれにあたり、昭和二七年一一月以降、被申請人を事業主体として雇用される者を中心にして、その所属労働者の労働条件の改善等について、被申請人との間に幾回となく団体交渉を重ね、現在一五一名を擁している。

二、ところで、被申請人は、昭和四四年一二月一八日、申請人に対し、昭和四五年度の失業対策政策について、(1)失業対策の仕事がなくなったこと、(2)労働者が高令化したこと、(3)右事業が町の利益にならない、ことを理由に、被申請人としては失業対策事業を廃止したい、国や県がどうしても失業対策事業をやれというのなら、労働者に遊んでいてもらって賃金のみを支給し、その他の手当一切の支給を打ち切りたい旨を発表した。そこでこれに対し、その後申請人と被申請人との間で、前後数回にわたり団体交渉がもたれ、種々の曲折もあったが、被申請人は昭和四五年一月一九日に開かれた団体交渉の席において、(1)希望退職の締切期限を一年間(昭和四六年二月末日まで)延長し、希望退職者には年令に応じて退職金を支給する、(2)右期間内に申請人の労働者のうち半数は退職すること、(3)右人数の退職がなされるまでの間、手当等一切の支給を停止する旨を明らかにし、ただ町議会に提案するのは、申請人において、長野県に対し県営失業対策事業を拡大させる運動をすすめる関係もあって同年一月二二日に予定していたものを同年一月末日まで猶予する旨答えて、同日の団体交渉は打ち切られた。

三、ところが、同年二月四日、申請外日本社会党下諏訪総支部外三支部は、右紛争を解決する意図のもとに、申請人及び被申請人に対し「あっせん案」を提示したのであるが、右「あっせん」案は申請人の主張を検討しないで、一方的に被申請人の前記政策に協力すること内容とするものであって、申請人は右「あっせん」案には応じることができず、今後とも被申請人と団体交渉を進めて、失業対策問題の解決に努力すべきだと考え、その旨の態度を明らかにした。

しかるに、被申請人は、単に申請人が右「あっせん」案を拒否したものであるから、今後一切申請人と団体交渉には応じない、昭和四五年二月一四日に臨時町議会を招集して、すでに明らかにしている内容どおりの失業対策政策を提案したうえ、同町議会において議決を図る旨の意思を表示したので、被申請人は、同年二月五日、被申請人に対し、既得の労働条件の保障並びに失業対策事業の不当な縮少等について、団体交渉をするべく申し入れたが、被申請人はこれを拒否して全く団体交渉に応じない。

四、ところで、申請人は、その代表者をして、事業主体である被申請人との間で、その労働条件を改善するため、憲法第二八条に基ずき、団体交渉権を有するものであって、本件の被申請人に対する交渉要求は、右のごとき団体交渉権の行使である。加えるに被申請人が団体交渉を拒否することは、申請人か「あっせん案」を拒否したことを、その理由としているが、これは正当な理由とはならず、明らかに不当労働行為に該当して許されないものである。

五、さらに、被申請人は、同年二月一四日、臨時町議会を招集して前記失業対策政策の議決を図っており、これが可決されるならば、結局申請人会に所属する労働者は被申請人に雇傭される日が減少し、失業対策労務者としての生活はなりたたなくなることは明らかであって、右提案が可決された後被申請人との間に団体交渉が開始されても、申請人の主張は殆んど容れられる余地はなく、かつ無意味に帰するものであるから本件仮処分の必要性があるというべきである。よって本件申請におよんだものである。

第二、当裁判所の判断

一、当事者について

本件記録によれば、申請外全日本自由労働組合(以下、単に全日自労と略称する。)は、失業対策事業に従事する日雇労務者を主体として結成された全国単一の労働組合であって、東京に中央本部が置かれ、下部機関として、各都道府県に支部が設けられ、さらに各市町村ごとに分会が組織され、申請人は、組織上、前記全日自労の分会として、昭和二七年一一月、岡谷公共職業安定所に登録されている失業者のうち、被申請人を事業主体として雇用される者(現在は一五一名)を中心にして組織され、前記全日自労の規約に基き、申請人の最高機関として分会大会、これにつぐ決議機関として分会委員会並びに申請人の執行機関として分会執行委員会が設けられ、その代表者を有し、かつ、全日自労への加入手続を取り扱い、本部及び支部の決定を実践するほか、組合員を統轄指導し、団結の強化をはかり、これらの目的に必要な独自の活動をなしうることが定められ、かつこれまで申請人所属の組合員の労働条件の改善等につき、被申請人との間に団体交渉を重ね、重要問題については、中央本部及び県支部の応援を得て団体交渉を行い、その間被申請人の失対事業管理運営規程が制定され、同規程には申請人の代表者と団体交渉をもつことを前提とする規定がみられること、一方、被申請人は地方公共団体であり、緊急失業対策法に基き実施する失業対策事業の事業主体であって、申請人所属の労働者を雇用していることが認められ、以上の各事実に徴すれば、申請人は団体交渉の主体たりうることは勿論、訴訟法上においても前記行動の範囲内で当事者能力を有するというべきであり、さらに申請人と被申請人との関係は、失対事業が継続する限り、長期間にわたって反覆更新されている労働契約に基き、実質的に使用者とその雇用する労働者間の法律関係が発生しているものと解すべきである。

二、紛争の経緯として、各疎明資料並びに被申請人の審尋の結果によれば、一応次のような事実が認められる。

(1)  被申請人は申請人に対し、昭和四四年一二月一八日、年末手当の最終団体交渉において、年末手当の回答をしたうえ、昭和四五年度の失対政策につき、(イ)仕事がなくなった、(ロ)労務者が高令化した、(ハ)事業が町の利益にならないこと等を理由にこれを縮少し、手当についても財産上の理由から従来のように支給することは困難である旨の態度を明らかにし、これに対し、昭和四五年一月六日、申請人と被申請人との間に団体交渉がもたれたが、被申請人は基本的には、昨一二月一八日に示した考え方に変りはなく、現在の失対事業に対しては、税金を預る町長としても、相当検討すべきものであることが表明されたが、申請人はこれでは生活権が破壊され、かつ失対事業の打ち切り構想であって、これまで二〇年間積み上げて来た既得権を剥奪するものであることを理由に反対し、結局その日は長野県営の失対事業の拡大を要求し、その結果をまち、被申請人は最終的態度を決定したいとのことで、団体交渉は終った。

(2)  ところで、被申請人の右態度が決定したということで、同年一月一二日団体交渉が開始され、被申請人は、(イ)同年二月二八日までに希望退職する者に対しては、国から支給される一〇万円を含めて三三万円から三八万円を、年令に応じて退職金として支給する。(ロ)退職しない者に対しては被申請人が支給していた手当等一切打ち切りにする旨を発表し、当日は被申請人の都合により団体交渉は行われなかった。

(3)  その後、同年一月一八日及び一九日に団体交渉が行われ、被申請人は、同月一九日の席上において、これまで希望退職の締切り期限を本年二月二八日までとしていたが、これを向う一年間延長するが、この一年間に労務者一五〇名のうち七五名位(半数)は退職して欲しい、退職者が右人数に達するまでの間は、手当等を一切支給しない旨の提案をなし、これを同年一月二二日の町議会に上程する旨を述べたが、申請人は右提案は実質的には七五名の解雇であって、存続者に対しても既得権の剥奪であるとして反対し、さらに申請人側において長野県営の失対事業の枠を拡大させる運動を行うということで、被申請人もこれを了承し、町議会の提案は同年一月末日まで猶予することにして、その日の団体交渉はその程度で打ち切られた。

(4)  さらに、同年一月二六日ごろ、申請人は被申請人に対し、長野県との失対事業に関する話合いの経過を報告し、今後とも団体交渉を進めて、問題解決に努力することにして、その際同年二月四日午前一〇時から、申請人と被申請人との間で団体交渉を再開する旨の合議が成立した。

(5)  ところが、同年二月二日、社会党下諏訪総支部等から、申請人と被申請人の双方に対し、(イ)下諏訪町における失対事業は他の市町村に比較して矛盾があるので、申請人もこれが解決に協力する、(ロ)手当等について町当局は一年後の事態をみて検討する旨の「あっせん案」が示され、その回答期限が、前記(4)のように団体交渉が再開される直前の二月四日午前九時三〇分(その後一日間延長)と指定されるに至った。

(6)  被申請人は前記「あっせん案」を受諾し、申請人は右「あっせん案」が申請人の主張を何ら検討していないが、一応態度を保留のまま、同年二月四日午前一〇時過ぎごろ、従来の双方における方針どおり、被申請人に対し団体交渉を申し入れ、さらに申請人大会を開いたうえ、翌二月五日、正式に前記「あっせん案」を受諾できないことを明らかにして、被申請人に対しその理由を説明し、前記(3)、(4)の時点に戻って、失対事業に関し、これを不当に縮少せず、これまでの既得権たる労働条件(手当の支給)の保障を要求して、被申請人に対し団体交渉を申し入れたが、被申請人は、申請人が前記あっせん案でさえ受諾できないのならば、これ以上団体交渉を継続させる意味および必要がないものとして、被申請人において団体交渉を拒否し、その後現段階においても、申請人と被申請人間には前記事項に関し全く団体交渉がなされなかった。

三、被保全権利について

以上の紛争の経緯およびその内容からすれば、申請人の被保全権利は被申請人に対する団体交渉権であり、右権利は、申請人に対し適用の排除されない労働組合法第七条第二号等の規定の趣旨からしても、実定法上の権利として保障されているというべく、これに対応して、使用者たる被申請人にはその応諾義務を肯定すべきところ、前記二のような事実関係からすれば、団体交渉の対象事項は申請人に利害関係のある事項で、かつこれが具体的に特定しており、加えるに申請人と被申請人との前記のごとく、爾後の機会に団体交渉を再開すべき合意の趣旨をも含めて、本件においては、これに基く具体的な団体交渉権として十分に把握しうるのであって、その後申請人側の前記「あっせん案」を拒否した事態によって、右団体交渉権の成否に何ら影響するものではない。

しかし被申請人において団体交渉を拒否しうる正当な理由があるならば、申請人の右権利の行使は否定されるべきであるが、本件において、被申請人がこれを拒否する正当な事由は、被申請人の審尋の結果によっても、これを認めることができない。

四、保全の必要性について

本件記録並びに被申請人の審尋の結果によれば、被申請人は、同年二月一四日に臨時町議会を招集したうえ、昭和四四年度下諏訪町一般会計補正予算案を提案し、その議決をはかっており、右補正予算案には労働諸費のうち失業対策事業紹介対象者就職等助成金として予算(一、九二五万円)が計上され、これは昭和四四年度末までに希望退職する失対労務者に対し、年令に応じて一人につき金二三万乃至金二八万円を支給することを内容とするものであることが認められるが、これはもともと被申請人がかねて態度を表明し、かつこれまで失業対策政策の一環として、申請人に対し主張してきた失業対策事業の縮少政策たる内容の一部であって、右事項が性質上不可分でないにしても、他の密接に利害関係のある失業対策に関する事項(特に、希望退職しない労務者に対する手当の支給―いわゆる既得権)とともに、一挙に団体交渉の対象事項とすべきものと認めるのが相当であると考えるところ、これが被申請人の町議会において可決されるならば、それは今後昭和四五年度の失業対策事業に対する政策並びに予算案の決定等にあたり、その前提事実として処理されてくることが明らかであり、右補正予算案が可決され、その後において被申請人の自認するごとく申請人との間に団体交渉が開始されたとしても、右予算案の内容とされている事項を含めて、これと密接に関連する他の失業対策事業の縮少政策とともに、この際団体交渉をして、その解決を図るべきとする申請人の主張は、その一部において容れる余地がなくなるばかりでなく、場合によっては不利な立場になる危険性を否定しえなくもない。

そうして、被申請人が前記二、三に記載したように不当に申請人との団体交渉を拒否する態度に出ている以上、同年二月一四日開催の被申請人町議会に提案される前記補正予算案の内容となっている事項との関連性を考慮して、申請人の団体交渉権を実現させるべき緊急性があるものといえる。この点に関し、被申請人は、右予算案は労務者のうち希望退職者に対する優遇措置を与えるだけのもので、予算額に相当する七五名の労務者に対し退職を強制するものではなく、右事項とこれまで被申請人の主張する他の失業政策とは分離可能なものであって、今回の町議会で可決された後においても、その余の事項につき申請人との間に団体交渉をなしうる余地があり、かつ被申請人としてもその意思がある旨を主張するけれども、これをもってしても、叙上説示のとおり当該事項の性質に鑑み、なお右権利実現の緊急性(必要性)を否定できないものと考えるのが相当である。

五、結論

以上のとおり、被保全権利および保全の必要性を肯定できるので、本件仮処分申請は理由があるというべきであるから、保証を立てさせないで、これを認容することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 野口頼夫)

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